いつかの景色と、 珈琲と #2

#2 『 小さな私と あの日の先生 』



私はまだ、

とても小さな 子供だった


その頃の先生は、黒くて綺麗な

長い髪をしていた


背が高くて、いつも 子供たちに

笑顔で接している 人気者だった


小さな小さな園の、憧れの先生だった

彼女は、三浦先生といった



ある日、たまたま、私が忘れ物をし

園に 戻ったときのこと

先生は仕事しながら、

ラジカセで 曲を聴いていた


初めて聴く曲だったが

それはとても悲しげで、

いつもの先生の雰囲気には

合ってないように見えた


そのときの、先生の横顔は

私の知ってる先生とは、違う人に見えた


「 あら、どうしたの?忘れ物? 」


さっきの、うつむいた 寂しそうな

横顔から、いつもの笑顔が

こちらに笑いかけていた



『 うん、お弁当箱 忘れたの

先生、これ、なに聴いてるの? 』


先生は、私と話をするために

ラジカセを止めると

私のその質問に、先程とはまた少し

違う種類の笑顔で こう言った


「 先生の 今のお気に入りの曲かな、、

でも、なんて言うか、、

本当は 好きな曲ではないの

どうしても聴いてしまうというか、

ちょっと暗いわよね、うふふ

お弁当箱、ちゃんとしまった?

気をつけて帰るのよ〜  」



それからなのだ


私は、先生のことが すごく気になって

帰宅後 園に戻ることを

一頃、繰り返していた日があった


夕方になると 先生は

やはりいつも、その曲をかけていた


この時間になると

他の子達はもう、誰もいなかったから

憧れの先生を 独占出来たし

話を聞くのも するのも楽しかった


今になって思えば

残業の邪魔になっていただけなのだろう

それでも、そんな素振りは微塵も見せずに

先生は、いつも笑顔だった


そして、ふとした時に たまに

寂しげな表情をすることが、子供ながらにも

とても気になった


私が帰宅後、園に戻るのは

綺麗な憧れの先生を 独占出来るから

と、思っていたが

子供の私の、本当の理由は

そういところに あったのだろうな


ある日、いつものように

一旦帰宅してから 徒歩で園に戻ると

この日は、先生が

フォークギターを持ってきていた


特別だからね? と ニッコリと笑い

私にギター弾いて、聞かせてくれたのだ


先生が、ピアノを弾けることは

知っていたが、ギターも弾けるなんて

私はますます 憧れの気持ちが強くなり

ギターを弾きながら歌う、

先生を見てるだけで とても幸せだった


その後、、しばらくして先生は

先生を辞めて、園からいなくなった


だからあのとき、わざわざギターを

持ってきてくれて 最後に

私に聴かせてくれたのだ、と

それはずっと、後になって思ったことだ



それから 数年の月日が経ち

その年、私は受験生になった


もうすぐ、高校受験の日を迎える私に

母が、地元でも有名な 合格祈願の神社に

そろそろ お参りに行くよ!と誘ってきた


いつもの年よりも、雪が多いとかで

面倒だったし、合格祈願になんて

寒いし、出かけたくなかった


いいよそんなの〜しなくとも合格するよ!

と、当時、図々しくも そう言ったのだそうな


私の性格からしたら

少し余裕があった方がいいと思っていたので

志望校は、まさか当日に、何かが

起こったりしなければ、あとは大丈夫

絶対合格する!と、 思っていたからなのだが


母は、いくら私がそう言っても

さっぱり聞き入れてくれないので、仕方なく

両親と3人で

合格祈願の神社に 出かけることにした


そこは少し、標高が高いのかな

自宅の地域よりも 雪が多かったようだ

参拝客は案外思ったよりも 多く

雪道は、人の足跡で、すっかり

踏み固められていた


ポケットに 両手を突っ込んで

うつむいて 歩いていると、、


少し先を歩いていた 父が

あれ!と 声をかけていた


母と私も、ん?と

父が話してる親子に 気がついたが

誰だろう、と思いながら

軽く会釈をし、近寄って行った



「 え!よく分かりましたね〜

あら!カシちゃん、今年 受験なんですか?

まぁ、大きくなったわね〜

わかる? 三浦です!お久しぶり! 」


えーっ!!

三浦先生?!


そこには、小さな女の子の手を繋いだ

三浦先生がいた

私には、あの頃と 変わらなく見えた


母は、先生あれから お元気でした?とか

どうなさってたの?とか

今はどこに 住んでらっしゃるの?とか


んもォ、ちょっと、いいからやめてよ〜

と、こちらが 言いたくなるような

質問をしていて


先生は、両親と喋りながら、にこにこと

時には口に、手に当てて笑っていて

相変わらずの、綺麗な長い髪は

コートの襟のファーに 沿うように

ゆるく波打っていた


私はきっと、テレもあったのか

そこから 少し離れたところで

合格しますように!と

誰かが書いた絵馬に、みるともなしに

指先で触れていた


その場所から、振り返って見ると

先生と手を繋いでいる、小さな女の子が

こちらをジッと見ていたので

ニコッと笑顔で、小さく手を振ってみた

すると、小さな女の子もまた、

指先を揃えて、可愛く小さく 手を振り返した


「 先生がいるのに なに? 失礼なコね〜

すみません先生、ほら、カシ!」


と、母が呼んだので、皆のところに戻り

先生親子と挨拶して 別れた


ちょうど、先生の旦那さんが

お守りを買って戻り、合流したところで

先生たちは、近所の神社だということで

お参りしに来ていて、その帰りだったらしい


「 なんで、カシは、先生がいるのに

離れたところにいてさ、、

懐かしいだろうに、色々と一緒に

話をしないのよ〜 」


なんで、と、言われても、自分でも

よく分からなかったし

私も、先生!って走り寄って行って

色々と喋れると思っていたのに

実際の自分ときたら、ひどいヘタレで

自分が一番びっくりしてたんだってば


予想もしていないところで

思いがけない人と、ばったりと

会ってしまい

戸惑ったということなのだろうか


それとも

先生が 普段見せない、ふとした時の

寂しい表情を、あの時の小さな私が

知っていたことに、どこかで申し訳なく

思っている気持ちがあったからなのか

それすらもよく わからなかった


だだ、ものすごく、久しぶりに会えた

懐かしい先生なのに

話したいことは、さっぱり話せなかった

ということだけは、確かな事実だった


母から聞いた話によると

あの頃の先生は、嫁ぎ先での

理不尽な理由から、一方的に離縁されたらしい

当時のことは、母は勿論知っていたらしいが

そのときは、子供の私にまで 聞こえくるような

そんな話ではなかったわけだからね


当時の、旦那さんのこと 先生は

とても好きだったのに、、

その彼のお母様が、二人を別れさせたような

ものだった、そうで、、


母に

『 先生、幸せそうだったね 』と、一言言うと


幸せでしょうよ〜!良かったわね先生

最後に振り返って、手を振ってたでしょう?

親子3人で おじきしたときの様子で

あー 幸せなんだな〜って、お母さん、

わかっちゃったもんね!


わかっちゃったもんね!って

私だって、それくらい分かったわ

それは別に、母には 言わなかったけども


私はまだ子供だった

とりあえずは、まだ 大人ではないから、

という理由で


大人になると、大人の世界の事情というやつは

幸せになることの、邪魔になったりするんだな、、と

そのとき、ぼんやりと思った記憶がある


良かった、先生が幸せで

ギターを弾いて、唄ってくれた先生の声

「 特別だからね?」

睫毛の長い先生の横顔、そして

あの日の先生の 優しい笑みが浮かんだ




合格祈願の参拝を終えて、帰宅後

父が、私の机に上がっている

受験票を見て言った


「 お〜すごい! いい受験番号だな

受かったも同然の番号じゃないか 」


『 え、なんで?』


「 おーー!イッパツ ゴウカク!

って、読める番号だろ?これ 」


確か、000185 とか

そんなんだったかなと思う


それを見て思わず、母と私は 顔を見合わせた

ホント、、たまにね いいこと言うんだよ

ウチの父って 笑


受験の結果は どうなったか

今でいうところの、、

春にはサクラサク、とでも 言ったのだろうね

 

text by Cassis**.°